創始者ブログ FOUNDER'S BLOG

相談役 大坪久泰
創始者 大坪 久泰

自分の意見を堂々と言える、答えのない課題に答えを導き出す情熱と勇気をもつ、
先の見えない時代に求められる人材を育てる大学です。
国際社会そして教育界に貢献したい、熱い思いと高い志をもつ方を歓迎します。

2020.05.07

新型コロナウイルス感染症の蔓延

 今年1月下旬の横浜港クルーズ船の騒ぎ以来、新型コロナウイルス感染症の脅威に振り回されています。私が住んでいるのは横浜市の田舎と言われる郊外の住宅地ではありますが、都会の一角ですので、老齢の身には感染リスクを身近に感じます。明けぬ夜はないと言いますから、いつかは終息すると期待するのですが依然として先行きが不透明です。

 新聞やテレビによると、大学はあちこちでオンライン授業を始めたと報ぜられています。我がMICはどうなっているかを気にしていたところ、ホームページの学長ブログにオンライン授業を行なっているとの説明と学生に対する励ましの言葉が掲載されていて安堵しました。また、留学生に対しては日本語、英語、韓国語での状況説明をされ、心優しい励ましの言葉が述べてありました。学生や教職員に対する思いが伝わってきて、温さを感じ、また清々しい思いをしました。もちろん、ホームページにはオンライン授業が進行していることが丁寧に伝えられています。関係者が迅速・的確な対応をされているのが良くわかります。

 オンライン授業に関してはAnderson Passos国際教養学部長のNotice(通知)も記載されています。Passos学部長はICT(情報通信技術)の専門家で、しかも学部長ですからオンライン授業のリーダーとして活躍しておられるものと想像しています。NoticeはZOOMというアプリを使った授業なので個人情報の漏洩を警戒されたものと思われます。ZOOMとはコンピュータを利用したビデオ会議とかテレビ会議に使われるアプリの一つで、それを遠隔授業に利用しているのです。パソコンやタブレットだけではなくスマートホンでも利用できます。教職員への周知徹底、学生との連絡・指導などの段取りをつけるのは大変だっただろうと想像しています。

 創設者ブログでも度々説明しましたように、本学国際教養学部ではクリティカル・シンキングに基づくアクティブ・ラーニングを英語で行っています。つまり、担当教員を中心として授業に参加している学生が全員参加の形で授業が進められます。したがって、オンライン授業は教師の講義を一方的に配信するのではなく、全員参加ですから多方向に配信、つまり相互交流が前提条件です。教師も学生も教室に集まっているのと同じような臨場感を感じて参加できるものになっているだろうと想像しています。

 本学国際教養学部は1994年に創設されましたが、創設準備作業はその5年ほど前から始められました。今思うと不思議に感じるのですが、1990年代初頭の日本国内では高等教育コミュニティ―だけではなく一般社会においてもICTはあまり導入されてはいませんでした。アメリカではe-mailの利用が普及し始めていましたが、日本ではほとんど利用されてはいませんでした。本学でe-mailの利用を計画していた時に、電話回線を利用するのだと説明したら、海外から多数の教職員を迎える本学は電話料金で倒産するのではないかと心配されました。今思えば笑い話です。

 当時すでに高校では情報処理教育が行われていて、情報のコンピュータ処理技術のことを教育していましたが、インターネットやe-mailのことは説明されていなかったと思います。ましてや、文系の大学では情報処理教育はなかったのではないかと思います。

 しかし本学国際教養学部創設に関わった教員はICTに大変関心が高く、カリキュラムにICTの科目が最初から組み込まれていました。教授陣は当時、マック派とウィンドウズ派に分かれていました。つまり、OSがマッキントッシュ(Apple)かマイクロソフト(WINDOWS)かということです。スマートホンでのi-phoneかAndroidかのような状況だったと思います。アメリカの高等教育の世界で育った先生たちにマック愛好者が多いのが印象的でした。今ではそうではないようです。

 そのような雰囲気ですから、本学は開学当初から教員の間ではICTに関心が高く、いつも話題になっていました。その雰囲気が先のAP事業の展開にも深く関係しています。少し脱線しますが、学生のクリティカル・シンキングの度合いを数値化しようというような試みもこういう気風に発していると思われます。

 現在実行されているオンライン授業は前述のようにアクティブ・ラーニングですから新入生には戸惑いがあると思いますが、正に本学国際教養学部の真骨頂が発揮されていることでしょう。家にいても大学の教室より緊張を強いられるのかもしれません。

 先日、知人の好意で、あるグローバル企業のテレビ会議を短時間見学させていただきました。ZOOMが使われていましたが、会議の段取りの良さと参加者のやり取りの真剣さには近寄り難い厳しさを感じました。結局は参加者の物事の理解度と言語運用能力の勝負という感じです。つまり仕事の内容がよく分かっていて、日本語であろうと外国語であろうと、しっかりした言葉遣いができるかどうということだと感じました。本学の卒業生がこのような世界に進出していくのだと思うとexcitingです。

 今、新型コロナウイルス感染症抑止策として「密室、密集、密接」をしないように自粛する3密自粛策が唱えられています。その具体策の一つとして、social distanceを保つようにして欲しいと言われています。それは、肉体的な人と人との間の距離をできれば2mくらい保って欲しいということで、ウイルスを含んでいるかもしれない唾液の飛沫等を浴びないようにして欲しいということです。つまり、物理的に身体を近接しないようにしようという考えです。しかし、この対策に反するようですが、オンライン授業では先生との間、あるいは学生相互の精神的なsocial distanceはなるべく近接するように努力して欲しいと思います。精神的というのはメンタルな面と情緒的な面を指します。オンライン授業は実際に対面している場合と違った雰囲気で近接ムードを作ることができます。誠実さと笑顔で近接感が得られるのです。友好的な雰囲気がオンライン授業でも醸成されるのを祈っています。

 「人間万事塞翁が馬」という格言があります。現在の不幸な状況はいつの日にか福となるかもしれません。めげず、くじけず、あきらめずに頑張ってください。こういうときにはお世話をして下さる方たちに感謝の気持ちを持つのが最も大切です。不平不満、お世話くださる人達への攻撃は「福」を生まないのです。